闇は闇でなくなる

  • 2017.04.11 Tuesday
  • 20:35



サロンにだけアップしていた記事で、昔ここでもアップしたことのある内容だけど、大事かもとおもったのでまた。

*******

 

わたしがこれまでで一番絶望したのは、何かショックなことがあった時ではなく、

ひたすら自分と向き合って、もうこの闇を超えないとわたしは先に進めないとわかって、覚悟を決めて、その闇の中に入って行った時でした。3年前くらいでしょうか。

戻れもしない、もうこの中に入っていく以外ない。って感じでした。

そこは《無価値観の闇》で、

わたしにはそもそも価値がないという思い込み。

そのきっかけは、受験失敗からきていて、絵で認められることが自己価値に直結していたのに、それが叶わなかった。その失敗により、《やっぱりわたしには価値がないんだ》と決定されたかのようでした。

それは第一希望でない美大に入ってからも、卒業してからも引きずって、見ないようにしつつも、《 あるよね?劣等感と無価値観 》と現実でそれを味わう機会を次々引き寄せました。

その現実に出会うたび、死ぬほど悔しい思いをして、歯を食いしばって、あいつらに勝つためには!!と戦っていました。

が、敵を生んでいたのは自分だと気付いて、わたしはわたしの闇の中に入っていかないことにはずっとこのまま抜けられないとわかり、

入って行ったわけですね。

正直、死ぬかと思いました。ああ、この無価値観をがっつり味わってしまったら、もう生きていけないよ、と思いました。もうこれ以上の下はない、と。

それでも後戻りはできない。無価値観がわたしの中にどっかりとあることを、知ってしまったから。

がっつり味わい続けたのは、実際にはせいぜい2ヶ月くらいだったんじゃないだろうか??いやもっと短かったかも。

ああもう生きていられない、これ以上の絶望はないかもしれない。もう動けないし、もうダメかも。

と思ってからもさらにそのままその場所に居続けました。

ただただ自分の無価値観の中にいました。

急に泣き出したり、怒り出したりもしました。

もうギリギリなところにいたので。

で、そこに居続けた結果、

抜けたんですね。

《 わたしが敵だと思っていた人たちは、みんなわたしを支えて、わたしにチャンスをくれようとして、協力してくれていた。わたしは、誰にもバカにされていなかったし、ずっとずっと愛されていたんだ 》

ってことに気付いた。

ギリギリのところに居続けた先に、光があったんです。

闇を味わい尽くしたら、その先があった。

もうただただ感動でした。

わたしがツライと思っていたことは全部勘違いだった。

だれもなにも、わたしに価値がないと言っていないし、それを示してもいなかった。思ってもいないし、そんなものは存在しなかった。

ただ、わたしがそうに違いないと自分で思い込んでいただけだった。

わたしは無価値観という闇の中に居続けて、その闇を味わい尽くしたことで、闇は闇でないことがわかった。

だから、わたしはいつも、自分のダークサイドも愛そうと言います。ちゃんと見て味わいましょうと。

ダークサイドだと決めているのは自分だから。

そして、絶望することも自分に許して、絶望してもなお大丈夫だと自分に証明してほしい。

絶望さえ愛せたら、もう敵なんていないし、不安も恐れも大丈夫なんだとわかる。

もがく余裕さえない場所に、一度行ってみると、ほんとに自分を愛せるとおもうのです。

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